いかにして腹の出っ張りが気になったのか。
いかにして腹の出っ張りが気になったのかについて書きたいと思います。
まず事の発端は1月はじめ。
初売りの戦果を報告するブログ・日記をたのしく読んでいたら高校二年生女子が2着で万を超えるような買い物をしているのが目に付いた。
この2着で万、という部分は、人それぞれ感じ方が違うかもしれない。それに、金額に関わらず、何を買ったかによる部分も多い。
ただ、わたしの見た誇らしげに貼られた写メにあったヒョウ柄のそれは、しまむらで1500円で買える何かにしか見えない。そういえば、今日も4プラ(注:4丁目プラザ、渋谷109みたいなもの)のワゴンにあんなのがうち捨てられていたぞ、という感じであった。
ブランドの名前も店の名前も忘れたが、高校生の金の使い方ではない、と思った。
一方で、その年代の女性というのは、「どこで買ったか」「どこのブランドで買ったか」に異常なまでの関心を持つものである。あまりにそこに固執しすぎて自分に似合うか、それを自分身につけておかしくないか、というところまで頭が回らないのである。ファッションの本義を外し本末転倒であるが、仕方が、ない。
そしてさらに数日後、また服を買ったらしい、ということでその日記を読みに行った。
今度の服は値段こそ書いてないが、そいつは1万札1枚じゃ買えないだろう、というお洋服。で、同時に、そんなに大金を出して買うほどものものなのか、という代物であった。
まず、服の形状はワンピースである。柄はギャルの部屋にかかってそうな臭そうなカーテンにとてもよく似ている。
もう少し説明すると、マラソンや早朝ランニングに使うタンクトップにも似ている。あれの黒い奴をベースに、下半身にマジックにでも出てきそうなテーブルクロスでもひっつけたんじゃんじゃないか、っていうものを想像してほしい。
え、想像できないって? そういう方は、そのような想像もつかないような服を買ってきて嬉しそうに着て写メっている女がいた、というところを想像して頂きたい。
また、写真もひどかった。
本人は服に一目惚れしただの、胸がちょっとキツいから少しくらい減らないか、など、いろいろ申しておったが、まず、それより目に付くのが二の腕と腹の肉である。肉。肉肉肉。肉々しい。たいへん肉々しいのである。
もしかして自分だけが、そう思っているだけなのではないか。さすがに不安になってきて、ここで例の女子高生と同年代の女子Aに話を聞いてみた。聞いてみた結果、Aの反応は、
うわあ(-_-;
一言で言うと『ない』ですねどこに売ってるんでしょう…?
というのが第一印象で、その後にも「しまむらで充分ですよ←」「あれは胸じゃなくて・・・」など、いろいろ話が続くのだが、それはさすがにひどすぎて、ここには書けないらしい。
というわけで、まとめると、わたしは、その問題な写真が貼られた日記に「腹の肉が気になる」といった感じのことをコメントしたのである。
その結果、わたしは嫌われてしまい、縁を切られたのだけれど、それは仕方ないことである。まあ、心ないことを言ったかな、とは思っている。ただ、このままだと、わたしがただ腹の肉が気にくわなくてそんなことを書いた、ということで終わってしまいそうなので、だから、このブログを書こう・残しておこうと、思った。
話は長くなりましたが、さて、「いかにして腹の出っ張りが気になったのか。」について、書きたい。
結論から言って、腹の肉についてはそれほど気になっていない。だって自分についた贅肉でもないんだから、正直、どうでもいい。
ただ、そこであえて腹の肉という本人でも気づきやすいポイントをあえて指摘することによって、気づいて欲しいことがあったのである。それは、その服があなたに似合っていますか?似合っていなくてもジャストフィットしていますか?ということである。そして、そこから「あなたはその服が本当に必要でしたか?」というところまでつなげて欲しかった。
余計なお節介ではあるが、何度も話をしたり食事をしたり、どうかしたら趣味の活動までをもともにした相手だからこそ、わかってくれるかなあーと思ってあえて苦言を呈したつもりであった。そこで黙って放置する、どこかで笑いものになっているのを黙認するのが、親しい人の行動ではない、とわたしは信じているからだ。
「あなたはその服が本当に必要でしたか?」について、もうちょっとだけ。
その女子高生はアルバイト等をしているわけではないし、週に3日も働くのは嫌だ、と言っていたくらいで、今までも自分で稼いだ、という経験はほとんどなかった(まあ、そういう話を本人から聞いているくらいには親しかった。過去形だけど)。
だから、その服もお年玉かお小遣いか何かで買ったのであろう。
付け加えると彼女の家の親は母親がブランド狂いではあるが、金持ちというわけではない。
そんなやつが高い服なんか、買うなよ、と思うのである。
似合うのならいいかもしれないけど、ああいうのが似合うのは身長がもっとあってモデルのような体型をしている人である。それでもその格好で外に出るのは、きびしい。
はじめてその写真を見たときから、当人が買ったとき、試着をして(試着しなきゃ着られるかわからないタイプの服である。もっとも、試着してなおそれを良いと思うわけがない、という意見もある)、店員に褒められおだてられ、木に登らされて買った様子が目に浮かんだ。
自分が親しいと思っていた人が、そのような悲劇の中で、無い金を使ったことを黙っているのが、本物の優しさなのだろうか。そこで沈黙を守っていた方が本人は幸せかもしれないが、そのような一時の幸せに浸らせておくのが、はたしていいことなのか。
思うところはいろいろあるが、ここでやめてにしておく。
いかにして腹の出っ張りが気になったのか。気にした結果残念なことになって、誰も何も得しなかった、というのが、後に残った事実である。



