忙しい
「忙しい」という言葉は恥ずかしいので、極力使わないことにしている。
人に「忙しいか」と聞かれたときのはノーと答えるようにしている。しかし、「仕事はあるか」の答えはたいていうイエスだ。
「忙しい」は主に理由として用いられる。たとえば、人の用事を断るとき、約束の時間に遅れたときなど、相手が自分に対して不満を抱いているとき、「忙しい」という言葉は広い意味を持った語として、弁韓のために用いられるのだ。これだけ書くと「忙しい」はとても便利な言葉ではないか。
そこで、私が「恥ずかしい」と思う理由は主に2つある。
1つ目の理由は、そう言うことによって、自分がその程度の分解能を持った人間と思われてしまうのが、イヤだからだ。私は他人からの評価をあまり気にする人間ではないし、他人からどのように思われていようが、どうでもいいと思っている。では、何がイヤなのかと言うと、それは「忙しい」とは、自ら「私はこういう人間です」と言っている同義だからであると、私は思っているからだ。相手が誰であろうと、どんな地位の人間であろうと、自分のことを先入観を持たすに、私のした仕事のみで判断してもらいたい、と考える、私の仕事との向き合い方に対する基本姿勢がそこにあるのだ。
そして、2つ目の理由は私が「忙しい」を嫌う最もたる要因である。忙しいという言葉が相手に対して非常に失礼にあたるからだ。冒頭にも書いたとおり、「忙しい」は様々な意味を含んでいるため、それが使えるシチュエーションが非常に広い、便利な言葉である。
だが、相手の問いに対して「忙しい」と返答した多くの場合は、それは相手の都合より、自分のほかの用事を重要視している、また、実際に優先した、という事実を忘れてはいけない。確かに、人の頼みを断るときに面と向かって「それよりも重要な仕事を、私はいくつも抱えているんだ」と言ってしまうと、人間関係を円滑に進めるにあたって支障が生じる。でも私は、「忙しい」といわれることによって、それと同じようにイヤな思いをしている人は、そんなに少なくないと思っている。少なくとも、私がそう断られたらとても強い不快感を感じざるを得ない。
一般論を書いたつもりでもないし、私以外の誰かに「忙しい、と言うのはやめましょう」とアドバイスをしているつもりも毛頭ない。
しかし、私の同じ理由で「忙しい」を使わない人がいるとしたら、その人はとても優しい人だと思う。当然過ぎる、との声も私の中にあるが。
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