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あれ、打ち間違ってる?

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2007年12月29日(土曜日)

コミュニティに匿名で苦言を呈する人の傾向、および対策

カテゴリー: - etupirka @ 04時35分00秒

1年ほどコミュニティサイトをやっていたが、覚えている限り、掲示板に私の管理等へ苦言を頂いたのはお2人。そして2人には共通点があった。

1. 匿名でのポストだった、ということ。

1人は、他の奴の掲示板の使い方がああだ、書き込む前には検索をしたらどうなんだ、などと申された方。
この人は後日、「自分が検索した結果が納得出来ないから、納得できるように説明して欲しい」という論旨のお粗末な書き込みをしたのだが、それを含め、すべての書き込みはゲストでの投稿だった。

次に、この人の苦言を私が「あほか」と蹴ったときに、「おまえがアホじゃ」と書いて来た人がいる。
この人はゲストでかつ1回限りのテキトーな名前での書き込みだった。

2. 反応が似通っている、ということ。

どちらの書き込みも「私はこんなに考えています」「こんなに怒っています」「こんなに頑張っています」という種類の書き手の意思が伝わるものだった。
正確には「私だけこんなに考えてるのに、なんであなたはこんなこともわからないんですか?」というもの。

また、こちらの返信への対応も似ている。
こちらが強いことを言えば開き直るか無視をし、こちらが低い姿勢を見せれば、最初の論旨はどこへやら、支離滅裂なことを口走る。

「私が本当に言いたいのはそんなことじゃないんです」 あほか。
「こんな簡単な意見も冷静に聞いてくれないんですか。何のための掲示板ですか」 あほか。

1年を振り返ってみて、思いついた傾向・共通点はこれくらいだ。付け加えるなら、今では両者ともサイト上で非アクティブであり、他のアクティブユーザーから苦言についての賛同はもらえていない、ということくらい。
取り上げた彼らへの対応は、最初は色々悩んだが、終わってみたら「あほか。構うだけ無駄じゃ」という1つに尽きた。

面倒になって来たので箇条書きにするが、

  • 自分の意見は聞き入れて欲しい一方で、相手のレスはろくに読まない。
  • 自分だけ正しいと思っている。
  • 自分は正しいことをしていると思っている。
  • 相手がすべて間違っていると思っている。
  • 自分の意見は聞き入れられて当然だと思っている。

そうでなくても、

  • まともなハンドルも考えられないくらい頭に血が昇ってる
  • ハンドルがないなら本名やそれに近いものを使おうとは考えられない、礼儀をわきまえない

とまぁ、そんな奴らだ。彼らとのコミュニケーション不可能だと思って良い。
特に、1人の人間ともまともに話せない奴からコミュニティサイトへの助言なんかもらっても、何の役にも立ちやしない。

さて、余談のようだが、コミュニティへの苦言は何もこのように表だって出てくるだけではない。
あるコミュニティへのだめ出しが他のコミュニティで書かれている、ということもある。個人サイトにひっそり書かれていることもある。直接メール・DMを送られるということもある。*1
*1 どこにも何も書かれず期待もされていない、ということもある。

特定の個人へ向けたスペシャルなサイトづくりでもしていない限り、誰かが不満を持つのは当然のことではあるが、そう開き直り目耳に入る意見をすべて無視していては、出来上がるのはジャイアンのサイトくらいだ。
当たり前だが、さきほど取り上げた匿名での指摘を含め、苦言を呈する人がすべて分別のないアホばかりではない。また、余計な感情の衝突を防ぐため、あえて匿名で接触が行われる、という場合も十分あり得る。

管理する側の人間である私は、彼ら「苦言を呈するアホ」から学び、苦言に対して感情的になる管理人にならないよう常に心がけたいと思った。少なくとも小規模コミュニティ(うちのことだ)なら、それが可能だからだ。

お話はこれでおしまい。私の文章力のなさが原因で今回の登場人物たちをイメージが想像できなかった方は、以下のサイトでwatchすることが出来ます。
私自身、ここを読んだのが記事を書くきっかけになりました。

hiyokosan.com/m​odules/myTBBS/i​ndex.php?action​=view&rid=110&id=115
hiyokosan.com/m​odules/myTBBS/i​ndex.php?action​=view&rid=106&id=108


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2007年12月5日(水曜日)

タグクラウドが嫌いだから、ひっ、一言くらい言ってもいいでしょ///

カテゴリー: - etupirka @ 21時02分09秒

タグクラウドが大っ嫌い。はじめて見たときは「なんだこの新手のSEOスパムは!」と、今考えると笑ってしまうような感想を持ち、それがあるページは無条件でパスして見ないようにしていた。
そうこうしているうちに、気づけばメジャなーなサービスでは必ずこの「タグ」という概念が用いられている。テクノラティについてはもちろん知っていたけれど、調べれば、wordpressにもカテゴリを捨ててタグを導入するプラグインがつくられていた。それもかなり昔からだ。

今年の夏、ある自分のサイトではじめて「タグ」というのを導入した。忌々しい思いをしながらもスタイルシートに手を入れ、タグクラウドのスペースをとり、すべてのページにタグ付けをしていく。
そこはwikiだったので、更新のたびに頻繁にタグを付け直さなければならない。これは非常にめんどくさいけれど、でも、それさえ除けばなかなか便利なものだと関心している。それからタグのことをちょっと見直した。

タグクラウドを導入するメリットは、閲覧者と執筆者の両方にある。ここらへんの真面目な説明は他のサイトに譲るとして、私が気に入った(というか、自分が理解できた)点だけ、情報の共有よりも情報の整理・後の活用のしやすさに重きを置いたメモを残す。
「カテゴリ」は、「タグ」の種類と比較して、どうしても数が少なくなりがちである。そもそも、元から用意しているものを新しいエントリに適用していくのだから、自由度が非常に低い。

エントリが増え、カテゴリが増えていくと、カテゴリに階層が出来上がる。親カテゴリがあり、子カテゴリがあり、さらにその下にはまたカテゴリがある。
そうすると次第に執筆者の整理能力が問われるようになる。肥大化したカテゴリは閲覧者を迷子にする。

ブログやwikiなどは、最初に書きたいことがあってサイトを立ち上げているわけではないから、カテゴリで収納しきれるような統制のとれた内容ばかりがエントリされるわけではない。
カテゴリは長く続けるには無理があるのだ。このサイトみたいにふざけたカテゴリ名ばかりを用意しない限り、カテゴリが持つ収納能力は次第に鈍化していくのである。

一方で、タグは1つのエントリに対して気軽にいくつも適応することができる。見ている方も見ている方で、文章を読みながら読みながらタグをブクマにどんどん追加しながら読める。
タグはタグで、カテゴリとはまた違った種類の整理能力が必要だけれど、後から訂正をかけるのは、カテゴリのときより楽だと思う。また、自由度はカテゴリのときと比較にならないほど高い。

本の整理に喩えるなら、最初に大きな本棚を買って整理するのと、小さな棚を少しずつ買い足していくときの違いなのかもしれない。
また、後者の難しい部分は、本棚を買い足す人間が、同じサイズや色、デザインの棚を買い足すようにしなければ意味がない、というところにある。1人でもずれたことをしていると、全体の持つ有用性が薄れるのだ。

これは私が知っている中で最も致命的なタグの欠点だ。タグの有用性を守るためには、タグ付けには暗黙のルールが必要となる。
もし脈絡も捉えず自動でタグ付けを行う信じられない人間がいたら、もう最悪。すべてが台無しなのである。そもそもタグは個人の感覚で自由につけられるから良いのであって、大勢で使うには不向きであるという意味かもしれないが、個人で使う分にも、日本語の揺らぎを既存のタグに合わせ自動訂正するなど、形態素解析は必須だろう。それも出来るだけ高度で無ければ、人間の記憶に補助にはならない。

タグクラウドは、不揃いの大きさの文字が並ぶ(どうかしたら、それに色をつける奴までいる)不格好なものしかつくれないという酷い勘違いをしていたが、夏に手を入れたとき、そんなことはないことを知った。
私はタグの魅力にとりつかれていたが、それはタグがもつナビゲーションとしての機能を買っていたからだ。100のエントリを持つブログがあったとして、後からそれを全部見るやつなんていないのだ。見たいところだけをピンポイントで見られる、という点で、タグはナビゲーションとしても価値を持つことが出来る。それからは、タグを使っているけれど、クラウドは同じ文字の大きさで並べる、というシステムが好きになる。

しかし、なぜ多くの人があんな不格好なものを好んで導入しようとするのか。これだけは今でも理解できない。
タグのあるブログをみるたび、ここの管理人は「便利さをとる」ためにかっこ悪さを甘んじたのか。なんて男気に溢れているのだ!あんたは偉いぞ!と一人感情を高ぶらせていた時期があった。俺の涙を返してくれ、と思う。

タグクラウドが表すのは、そのサービスを編集している人、あるいは人たちの趣味や傾向、そしてサービスの趣旨だ。
もし釣り好きの奴がタグ付けをすれば、クラウドには釣具や魚の名前が並ぶだろう。他の人間がそこからわかる情報は、そいつが好きなルアーメーカーと、好きな魚くらいだろう。

十分な情報ではないか、と思うかもしれないが、実情と照らし合わせてみて欲しい。個人の趣味に興味があったり、その人の思想に触れたくてネットを覗いている奴なんてほとんどいない。閲覧者はコンテンツの内容に興味がある。執筆者がよほどの神あるいは友達、知人、マイミク、マイミクのマイミクでもない限り、コンテンツから人間に閲覧者の興味が移ることはない。
そう考える私からは、タグクラウドは一部のお調子者がクリスマスの時期に自分の家飾る、趣味の悪い電飾やサンタクロースの置物のように見える。そこには知りたくもない個人の趣味が全面に押し出されている。非常に押しつけがましく、価値も感じられず、ただ悪趣味なだけ。目にするたび望みもしないのにプライベートな行為を見せつけるときに似た嫌悪感を覚える。

イトミミズが釣りのエサとして最適である、という情報は有用であるが、そいつがイトミミズがどれほど大好きかどうかなんて、誰も知りたくはない。
Googleがタグクラウドに目を付け、各サイトのタグの数と内容を評価し検索結果をつくりだすアルゴリズムでも実装しない限り、タグクラウドにはあまり意味はないのだ。しかし、はじめて見たページに「イトミミズ」なんて文字が太字のゴシックで仰々しく書かれていたら、それは実に滑稽だろう。それくらいの価値は認めても良い。

上記は、よほど大勢の人間が利用しているサービスではその限りではない。
そんなサービスでタグ付けがどれほどの意味を持つか、という疑問は残るのは前述の本棚の例の通りである。自由度の問題だ。

このブログもカテゴリを何十もつくり、タグを何個もつけられるのだけれど、何度か新しいサービスにタグクラウドを導入するに連れ、タグとカテゴリの概念は非常に漸近していることに気づいた。
データベースのテーブル設計の差異はあれど、違うのは人間が持つ感覚だけで、やっていることはほぼ一緒だ。数ヶ月前まであそこまでタグを忌み嫌っていたことを、微笑ましく思える。

昨日、Firefox3のブックマークにもタグが使えないか考えてみた。Firefox2には大いに不満があったので、今までブックマークをまともに使わず、よく行くサイトのURLを覚えるようにしているだけだった。
ここに来てはじめてゆっくりブックマーク機能に触ってみると、キーワードというのがあり、これをタグのようにして使えるようだ。

でも5分も触らずに嫌になってしまった。ブラウザが搭載する機能のなのに、ブラウザからの操作性が悪い。これはいっそのこと捨てることにして、はじめてソーシャルブックマークに手を付ける。
少し前からこれまた違うサイトで他人向けにソーシャルブックマークを提供していたけれど、自分が本格的に利用しようと思ったのははじめてだ。色々なサービスがあるが、ツールバーのインストールされたブラウザからの操作性の高い、Googleブックマークを利用することにする。

このサービスはタグ付けが出来て、タグごとに検索が出来る。クラウドはあるけれど、それらはただ大人しくアルファベット順番に並んでいるだけ。私はこの手のサービスが好きだ。不満があるとしたら、ブックマークを追加するとき、必ずタグを入力するような前提でツールバーがつくられていないことだけだ。
他人に公開するオプションがないのも良い。そういうのがあると、ろくに見もしない記事を永遠とブックマークして歩く奴が生まれるからだ。もしかすると、Googleと私のタグの価値観は似ているのかもしれない(オチです)。


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2007年9月27日(木曜日)

今日の出来事

カテゴリー: - etupirka @ 23時30分52秒

今日は新しいサイトをつくった。

gugurekasu.etup​irka.org/

シンプルなデザインが個人的に気に入ってる。

今日はおもしろいコメントをブログで見た。

引用:

こんなナンパもどきで簡単に将来も見えない恋愛ごっこいい歳してやめてください

正直昼ドラの見過ぎだと思う。詳細はこちら

今日は友達と絵を描いた。実際に手を動かしたのは友達だけで、私は何もしなかった。楽しかった。


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2007年9月5日(水曜日)

中学校でダンスと武道が必修になる

カテゴリー: - etupirka @ 09時58分51秒

早ければ11年春から、男子がダンスをし、女子が柔道や剣道をする姿がどこの中学校でも見られることになる。

www.asahi.com/l​ife/update/0904​/TKY20070904035​4.html

これ要らないでしょ。この

「中学から武道を必修にすべきだ」との意見

ってのが眉唾物だな。生徒数が減少して部活動が廃部になった影響で、そうしなきゃ学校に残れない先生がいたのでは?

体育なんて教える方も教わる方もお遊びでやってるんだから、まず単位数を減らし、内容を軽くするべき。
うちの近所では中学生がバスで学校に通ってるくらいだ(定期を持っているらしい)。そういう世の中になったんだから。

だいたい、最近の中学生は携帯使って何やってんだかわからないから、そんな奴と頭付き合わせて柔道したら、何かが染りそうで恐い。
去年、一昨年あたり話題になった毛ジラミ程度ならまだしも、技に失敗して血が出たらエイズの危険性がある。

ダンスや武道なんか何の役に立つの?そりゃあマット運動よりは役に立つかもしれないけれど・・・。

スポーツは体悪くするだけ。学校で教えるべきものではない。


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2007年8月5日(日曜日)

よくも裏切ったな!

カテゴリー: - etupirka @ 23時10分59秒

パパにはヒ・ミ・ツを毎日楽しく見ていたのに、シリーズ3部作中吹き替え版は2までしかつくっていないからって、勝手に2で放送やめちゃうなよ!!

www3.nhk.or.jp/​kaigai/himitsu/​

そんなんでよくもまぁまぁ1週間以上放送したな!「こんなにいっぱい放送してよく続きがあるなぁ?」と思っていたら、続きはあるのに放送しないだなんて、おい、なんていうことだよ!

ひどい、ひどすぎる、よくも裏切ったな!!!

シリーズ3のあらすじだって、読もうと思ったら読めるけど、絶対に読んでやるものか!もう知らないっ!!二度とテレビなんて見るか!!!

8simplerules.tv​heaven.com/


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プロフィール
1940年11月29日、東京都葛飾区柴又に生まれ、16才で家出し、20年後に腹違いの妹が暮らす故郷に帰って来た寅さんの本名は寅次郎である。