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あれ、打ち間違ってる?

2007年3月27日(火曜日)

添削行為の傲慢さ 続き

カテゴリー: - etupirka @ 23時01分06秒

小学生のときに卒業文集というものがあったと思う。唐突だが・・・。

各自が自分の将来の夢を語り、ありがたいかそうじゃないのかわらかない冊子になって卒業前に配布されるというものなのだが、私はこの取り組みの最初に行われたガイダンスへ事情によって出席しなかった。当時の担任様は新卒の先生だった(どうせ親のコネで就職したのだろう)が、センセはめんどくさがって私へガイダンスでした説明をせず、ただ一言「夢について書いてください」と言った。
周りのみなさまは「お花屋さんになりたい」とか「それがダメならケーキ屋さんになりたい」とか「最終的にはお嫁さんになりたい」とか小学生みたいなことを書いている(実際に小学生なのだが)。そこで私は反抗して、次のような文章を書いて持って行った。

「夢にはおおまかに2種類あると思います。1つは・・・・・・・・・」

「下書きの下書き」作業はガイダンスの日に行われていたため、私がその作業をパスできたのは幸運と言えよう。私が下書きを提出したのは下書き提出締め切り日だったため、担任は文句を言いつつ、しばらく一人で考えている様子だったが、彼の出した結論はもちろんOK。彼が私に敗北した瞬間だった。
私はその後も清書の原稿を締め切りから何日たっても提出しないという荒技をやり遂げたのだが、しかしこれには理由があったのだ。とここで説明しても当時の事情を知っている者は皆無だと思うので、やはりこれも閑話であったのだがお楽しみいただけたでしょうか。

閑話休題。そのときの添削内容は今でも許すことが出来ない。細かい内容をココに書いても仕方がないのだが(私自身はあまりにも腹が立ったため事の子細をまだ覚えているけど)、「この文集は一生残るものだから」「入試に影響するから」という不合理な理由で何カ所も私の文章が削られたのだ。どちらも私にとってはどうでもいい理由だと抗議したが、私の主張が通ることはついになかった。
これ以来、私は自分の書いた文章に赤を入れられると嫌な気持ちになる。まず何を訂正されたのか考える。そして学生の間は、文法ではなく内容を訂正された場合は論旨から書き直す、または提出しない、といった手段を執るようになったが、逆に「書き直しすればいいや」と思い適当に書いた文章がそのまま掲載されてしまいあわててしまったという出来事もあった。

添削は教師が生徒の能力をはかる行為ではなく、生徒からその適性を試される行為だ。
教育現場においてはこれは色々な言葉に置き換えても通用するのだろう。
たとえば授業の準備、授業内容、板書の文字、テストや演習の問題、生徒への注意の仕方から、授業での閑話、ジョーク、生活態度、服装のセンス、身だしなみ、靴などなど。

国語のお手本は1つも見せてくれなかった担任のセンセだが、今頃どうしてるだろうか。別にどうしていても良いんだけどね。


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2007年3月26日(月曜日)

添削作業の傲慢さ

カテゴリー: - etupirka @ 23時33分00秒

添削と言えば、小学生のとき先生に作文の下書きを提出して、真っ赤になった下書きを清書する、というあの素晴らかった日々を思い出すのは私だけだろうか。
あのとき学校の先生がすごいと思ったことは一度もなかったが、しかし年をとった今、実際の添削行為は非常に高度な能力を要求するものであるとわかった。しかし同時に、今考えるとあのセンセたちが本当の意味で生徒の作文を添削できていたかどうかは疑問に残るところだ。

一口に添削といっても、実際の作業は次のようにつに分類することができる。1つは日本語の語法や作文用紙の使い方などを修正する、日本語に関するもの。そしてもう1つは論旨の一貫性や展開の仕方など内容に関するもの。作業に関わってより能力を要する”難しい作業”は後者である。
前述の通り、私の小学校では下書きから清書の過程に移る前に、先生による添削チェックが行われ、内容によっては下書きをやり直させられた。 また、下書きの下書き、と呼ばれる行程も存在しており、下書きに入るまえに簡単な構成などを紙に書かされた。
私はこの「下書きの下書き」という作業が非常に納得できなかったので、「下書きの下書き」用紙を白紙で提出し、論旨は口頭で説明するという荒技を得意としていた。実際、同級生たちが提出する「下書きの下書き」は拙いというか、意味不明なものばかりで、提出時は回収して後日返却、というスタイルではなく、出来たものから直接センセのもとへ原稿を持って行く、というスタイルをとっていたため、私の荒技はたいていにおいて通用したのだが、たまに時間の関係により急遽、後日返却スタイルにシフトしてしまったりして、何も書いてない白紙を片手にあたふたしたことなども今では良い思い出である(この「良い思い出である」という常套句の意味がいまいちわからなかったのでここで使ってみました)。

そんな私も年齢とともに成長したが、世間的に大人と呼ばれる今になっても支離滅裂な文章を書くことも、打ち間違い・書き間違いといった致命的な間違いを犯すことも、人間的にひねくれてることも、小学生の当時と根本的に変わっていない、別の言葉で言うと成長していないようだ、小学生から。どれぐらい成長していないか。それは次の文が説明している。

ところで今の数パラグラフはすべて閑話だったけど、お気づきの方はいらっしゃっただろうか。

続きます。


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2007年3月25日(日曜日)

続 本当に伝えたいこと

カテゴリー: - etupirka @ 15時36分42秒

本当に伝えたいことは、伝えようとしているときには伝わらない。人間はみんな嘘つきだから。

逆もまた然りで、本当に聞きたかったことは、尋ねても得られることはない。稀に(いや、かなり大勢だが)欲しているものをすぐに他人から得られるような人がいるけど、そういう人の話を聞いていると、羨ましいと思う反面「そんなものはまやかしだ!口から出任せだぁ!!」と叫びたくなってしまう。
伝えたいことがあるとき。聞きたいことがあるとき。そんなときは、たとえばこのようにしてみてはどうだろうか。これはちょっと凝った手法をとるが一つの方法を提案しよう。

まず本人にコンタクトをとる。悩みがあるから相談に乗ってほしいとウソの相談を持ちかけ、相談の対象相手の特徴として、目の前、あるいは電話口、メールの向こうで遠回しに目の前にいる"伝えたい本人"の特徴を言う。このとき架空の第三者と目の前にいる本人が同一人物であることに気づかせるようにすれば、あとは楽になるだろう。"伝えたい本人"の前の前で、その人に聞きたいこと、伝えたいことをいうのだ。
こうして実在しない第三者を媒介することにより、もう少し客観的な話し合いが出来るようになると思うのだが、さてどうだろうか。もしうまくいけば、話しても聞き手も同様に普段より素直に気持ちを伝えられるようになると思う。いや、まだ試してみたことはないので、保障などはできない。

たとえこんなに頑張ってでも、伝えたいことは伝わらなかったり、聞きたいことは何も聞き出せなかったりする。しぶとい相手がいるもんだ。
でも、会話を続けているうちに、どうしても聞きたかったことが口からポロッとこぼれてくることがあるのだ。苦労して聞き出した言葉より、無理に喋らせた言葉より、それは何より自分が求めていたもの。聞きたかったこと。伝えたかった気持ち。そしてたぶん真実。
本心は伝えたいときに伝わらないのに何か他の言動に伴って、相手に伝わる。 そう、運が良ければね。

こうまでしなきゃ伝わらないのはなんでだろう。本当のことを言うには私がウソをつきすぎているせいだろうか。


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2007年3月24日(土曜日)

密かにあこがれたこと

カテゴリー: - etupirka @ 02時30分19秒

その昔、密かにあこがれていたことがあった。あれは小学校六年生のときだったか。赤川次郎の自伝のような者が短編集の最後に掲載されていて(今思い返せば作家のファンでもない人にとってはそんなもの迷惑でしかないと思うのだが日記作家だからこそなせる技なのだろう)、その自伝を読んだのがきっかけだったと思う。いや、もっと前か。
まったく関係ないが、本に挟まっている新刊案内のようなもの、といって何のことか思い浮かぶだろうか。「今月の新刊」という見出しが躍る見開きの小冊子なのだが、この10年以上昔(私が見た当時よりも)のものに赤川次郎は「自伝のようもの者は書きたくない」と書いていたのだった。え、いや、書いてるじゃん!

さて・・・(ちょっと疲れている)。私があこがれていたのは誰かと交換で小説を書くことだった。
あれは中学校一年生の時だったか、交換で日記を書いたことがあった。好きな人とかそういうものではなく、出席番号の近い友達同士で男女ごちゃ混ぜだった。メンバーは私の他に4人で男女比は2:3。そのメンバー中の女とも男とも今では疎遠になっているが、当時はまぁあれが楽しかったのだと思う。
小学校六年生の夏休みだったか。小説モドキのようなものを書くために色々頑張っていた思い出がある。あのときは一週間に17冊という尋常じゃない読書量を誇っていたし、集中力もぴかいちだったと思う。でもあのときは自分のストーリー構成や発想の貧弱さにすぐ飽きてしまった。書くよりも読んでいる方が断然楽しかったのだ。
その後二学期の学校の授業で「創作してみよう」みたいな陳腐な教材が国語の教科書にあった。さて、私はどんな話を書いたのだっけか・・・。だいたい原稿用紙数枚で話を簡潔させないといけない、というのが難しかった。なんども習作を書き殴った末に提出したものは、あぁうん、思い出したくないです。あのときは楽しかったなぁ。。。と2秒間だけだけ遠い目でいさせて。

話は飛んで中学二年生。クラス替えで小学校中学年のときの友達と一緒になった。彼はパパが社長のおぼっちまんクンで、典型的な過保護ママに育てられていたのだが、その当時からママには反抗心が芽生えてたらしく、さらにその反抗心はいけないものであると本人が強い自覚をしており、常に心の葛藤に苦しんでいた。風の噂によると彼は今・・・いや、いい、そんな話ではない。
話をしているとなんと彼はワープロで小説を書いていると言う。私は中一の最後に同級生の本名を出した小説を書き、その同級生の性格を歪ませてしまった(ちなみにその歪みはそれ以降の彼の人生に大きく響いたと思う)という過去を持っていたのだが、私は自分のことは隠して、そして彼の小説を見せてしまった。内容はよく覚えていないが(ので)、おもしろくはなかったと思う(おもしろかったら覚えている)。ところどころ話が飛躍していて、お世辞にも上手とは言えなかったが、カンペキ秀才&金持ちクンの欠点を知ってしまった感じがして申し訳なかったので、「おもしろかったよ」とウソをついた。その後私は彼の誘いで同じ部活に入部する。
その部活の引退後。小学校の時に冗談とか悪口を言いながら授業で小説モドキを書いていた友達と非常に仲良くなった。確か同じ塾に通ったのがきっかけだったか。いや、そんなもの私たちの間ではどうでもよかった。彼とは書簡のようなものを交換し合っていたのだが、中学卒業後、その後は連絡が途絶えてしまった。

そして私は、中学卒業後からは創作とは縁のない生活をしている。何かを書いているとすればこのブログだけなのだが、読んでの通り創作とはほど遠い。

去年の夏に知り合った女性の話なのだが、彼女は中学生の時に当時付き合っていた男性と交換小説のようなことをしていたらしい。羨ましいのかキモチワルイのか判断に苦しむが、私なら喜んでしたと思うし、予想通り三日坊主で終わったと思う。でも、そう、それが一つの情報や意志交換のようなものになっていたらしく、そういった側面が交換小説にあることに驚き、それにやっぱり嬉しかった。
小説といっても所詮知ろうとが書くものだ。ファンタージか、もしくは私小説のようなものになる。私小説なら、読み手は書き手の過去や思想に触れることが出来たりするわけだ。なるほどね。
自分の意見を心の中にしまってしまう彼女なら、まぁ幸せだったんだろうな。

今は小説なんて死んでも書きたくない。書くとしたら、詩か・・・。いや、今はCやPHPのコードを書いている方が楽しい。
小説を書いて生活が出来るなんて楽しいだろうな、小説家になりたいな。。なんて純粋なことを考えていた頃の自分がちょっぴり羨ましい。小説じゃ飯は食えないけど。


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2007年3月23日(金曜日)

歌詞

カテゴリー: - etupirka @ 21時22分06秒

国語教師がクズだと言う話は何度も書いているが、今日もそのネタでいこうと思う。

児童が「こくご」の授業の存在にぼんやりと疑問を抱き、中学生で疑問は確信に変わり、高校生以上は国語教師の人権を認めていない。
だが、そんな恵まれない子供たちも、言葉から幻想性や意味を見いだそうとする行為をやめるわけではないのだ。彼らは誰に教育されるでもなく言語で表現される言葉に興味を抱き、自らそれを愛そうとしている(注:筆者は過去に「国語の授業が原因で多くの人間が文学を誤解し、嫌いになる」という論旨を過去に主張している)。
彼らの興味の対象は誌でも小説でも、ましてやそこいらに転がっているゴミ(国語の教科書)でもない。彼らが彼らなりに文学の本当のおもしろさを見いだした対象は、歌の歌詞である。

今は小学生でも意味がわかってるのかどうだか恋愛について書かれた歌を聞き、「これいい」とか言いながらCDを買い、カラオケに行っては熱唱し、子供も大人もだいたいこの通りのことをやっている。
彼らがメロディにのせて口ずさんでいるのはあくまでも言葉であり、彼らは誰に教わるまでもなく、自然と歌詞の中の言葉に独自の価値を見いだし、ストーリーを想像し感動して、共感し、自らも誌を書いて携帯HPで発表していたりする。

彼らにこれ以上に必要な国語力って何なんだろうか。みんなで共通の解釈を持ったり、難しい言葉や漢字を覚えることがそんなに重要なのだろうか。

国語のセンセはそんな素晴らしい彼らに自らの読書に対する価値観を押しつける(彼らはその価値観を「趣味」や「偏執」と認めず、「国語」だと主張している)。彼らは学生の語彙の貧弱さを皮肉り、その個人なりの文章解釈を拙いと指摘し、「そんなんじゃ社会に出たあと困るでしょう」と脅す。社会に出て立派にオシゴトをしている彼らが言うのならそれも事実なのだろう。だが生徒の大半は彼らのような大人になりたくないため、彼ら国語教師は常に生徒の嘲笑の的となったり(いい気味だ)、他方では過去のセンター試験の小説の出典となった「TSUGUMI」の作者である吉本ばなな氏が、登場人物の感情をうまく読み取れずに、センターの問題を誤答してしまったりするのだ。

もちろん彼らセンセが全員、自らが教壇で話す内容を「国語」だと主張している訳ではないのだ。彼らの一部はそれを「国語」とは認めず「正しい国語」と称し、それをもとにそれぞれの生徒を教化(自分の考えが正しいからそれを鵜呑みにしろ、と弱いものに権威者が思想をすり込もうとする行為のこと)しようとする。迷惑千万、実に片腹痛いではないか。みんなで笑ってあげまょう(え、学生のときにもう散々やっちゃった?)

国語のセンセは教材で扱う作品の作者よりもその作品を正しく理解しているんだって、だからみんな言うこと聞かなきゃダメらよ。社会に出てから恥ずかしいよ。はっはっはっは。はは。

誤解しないで欲しいのだが、私は国語教師が嫌いなわけではない。本当だ、信じてくれ。嘘つきに限って「信じてくれ」という言葉を頻繁に使う・・・という話は以前どこに書いたんだっけ。


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