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あれ、打ち間違ってる?

2007年4月20日(金曜日)

ツッコミをいれてはいけません

カテゴリー: - etupirka @ 09時53分16秒

以上。


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2007年4月14日(土曜日)

人間性を意図的に奪う手術

カテゴリー: - etupirka @ 01時00分00秒

前頭葉切截術は、術式が異なるものも含め一般にロボトミーと呼ばれる。

当時の標準的なロボトミーの術式は、前側頭部の頭蓋骨に小さい孔を開け、ロイコトームと呼ばれたメスを脳に差し込み、円を描くように動かして切開するというものであった。(中略)前頭前野は、意志、学習、言語、類推、計画性、衝動の抑制、社会性など、ヒトをヒトたらしめている高次機能の主座である。

日本では1942年、新潟医科大学(後の新潟大学医学部)の中田瑞穂によって初めて行われ、戦時中および戦後しばらく、主に統合失調症患者を対象として各地で施行された。施行された患者数は、一説によると3万から12万という。

感想は、一言。非常に怖い。恐怖を感じた。他はもう、何も考えれないというより、考えたくない。私が読んだサイトでは、ロボトニーを行われた患者は手術ではなく検査と偽られてロボトニーを行われたという。全身麻酔で眠っている間に手探りで脳みそをかき回される。起きたときには、まったくの別人。何も感じない状態。これがホントに医療として行われた手術なのだろうか。

この療法を発表した医師はノーベル生理学・医学賞を受賞している(後に受賞を取り下げようとした運動が起こっているが、ノーベル財団がそれを拒否している。)。この医師は、手術を施した患者から重傷のけがを負わされ、日本でもある医師が手術を施した患者に妻子を殺害されている。医師の妻子を殺した男は無期懲役となったが、日本では、医師がロボトニーに関連して刑事責任責任は問われたことはない。
確かに、手術により精神病が改善された患者もいるようだが、だが、死んだ患者もいるのだ。これのどこが医療なのだろうか?

私の友達に、何も考えたくないという理由で、「忙しくしていたい」と平然と語る人間がいる。何も考えたくない、というのは、自分の都合の悪いことを考えたくない、ということなのだろう。
ロボトニーを行われた患者は、考えたくても考えることができなかった。ぼーっとして何もすることできなかった。「考えたくない」なんて軽々しく言うけど、それがどういうことなのか、何を意味するのかわかっているのだろうか?

人間が人間であるために一番大切なことは何だろうか? ロボトニーを執刀した医師はこの問いの答えをどのように考えていただろうか。

ロボトニーが行われたとされる病院、執刀した医師(参考文献より転載)
聖跡桜ヶ丘の桜ヶ丘保養所(現桜ヶ丘記念病院、東京)、藤井澹(きよし)医師
東大付属病院脳外科、佐野圭司教授
札幌市立病院脳外科、竹田保医長
北全病院(現香雪病院?、札幌)
守山十全病院(愛知)
弘前精神病院(青森)

参考文献
ja.wikipedia.or​g/wiki/%E7%B2%B​E%E7%A5%9E%E5%A​4%96%E7%A7%91 – ウィキペディア
” target="_blank">x51.org/x/05/08​/1413.php
X51.ORG 前部前頭葉切截 ― ロボトミーは"悪魔の手術"か
72.14.209.104/s​earch?sourceid=navclient-ff&am​p;ie=UTF-8&q=cache%3Ahttp%3A​%2F%2Fwww.asyur​a.com%2F0306%2F​nihon6%2Fmsg%2F​433.html – Google キャッシュ


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2007年4月13日(金曜日)

炭酸が飲みたくなる気分

カテゴリー: - etupirka @ 17時27分24秒

理由はないが、急に、そして無性に炭酸が飲みたくなるときがある。

炭酸飲料が飲みたくなるときというのは、一般的に、突如として訪れる傾向にある。このことは「炭酸が飲みたい気分」「(あのときは)炭酸が飲みたかった」という、現在形、過去形の言い回しがあるのに、「炭酸が飲みたくなりそう」という未来形の言い回しが普及していないことが証明しているだろう。そう、炭酸は何の予告もなく、急に欲してしまう飲み物である。

炭酸の正体は二酸化炭素。二酸化炭素なんて飲んで身体に悪いんじゃないの?という人がいるけど、その人は地球ではおちおち呼吸も出来ないようだ。可哀想に、大気の抗生物質が何か知らないのだろうか(きっと義務教育を受けていないのか、受けたくても受けられなかったのだろう。いずれにしても可哀想だ)。
さて、この間アイスを買ってきたときに溶けないようにとドライアイスをもらったので、ちょっと遊んでみたことがある。炭酸は気体の状態だけど、ドライアイスは固形の状態。ドライアイスは昇華性がある(つまり分子結晶の)物質で、急激に温めると、気体の状態から、液体の状態をパスして固体になるため、期待が裏切られてしまう物質だ、ということを書きたかったのだが、思いの外前置きが長くなってしまったようだ。失敬。


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2007年4月7日(土曜日)

いつも誰かに見られてる

カテゴリー: - etupirka @ 18時45分15秒

実は昨日、幽霊がでた。幽霊たち(複数いるのだ)は私がどこに行っても私のことを見ている。街に出ても、ネットをしていてもずっと私のことをつけ狙い、私の言動の記録をとっている。困ったものだ、監視カメラとアクセス解析というものは(
オチ弱い?)。

イギリスほどではないが、最近は監視カメラの導入が多くなってきたと聞く。もともとは個人の自由の範囲内で、防犯目的に用いられていたものが、まさかここまで普及するとは、まぁかなり多くの人が予想していたことだと思う。
いつか見たドラマのワンシーンで、警察が女性に監視カメラが取り付けられ、映像がある特定のパソコンに送られている旨を伝えたところ「ええ、知っていました」と女性が返答し、警察が度肝を抜かした、というシーンがあった。そのシーンしか見ていないのだが、映像が送られていたのは交際相手の男性で、最初は嫌だったが、だんだんいつも好きな人に見られていることに快感を覚えるようになったという。そんなものが部屋中に取り付けられていたら着替えはどうするんだ、あれは、これは、じゃあああしたいときはどうするんだ。と言いたくなったが、別に興味はなかったのでそこでテレビを切ってしまった。

上記のものは極例でしかもフィクションだが、多くの人が不特定の人間から見られることを嫌う一方で、また特定の誰かには自分の人生を見ていて欲しい、と思いたい願望があるようだ。否定もしなければ肯定もしない。

監視の目はネット上にもある。その主たる例はアクセス解析で、たとえば、何時何分何十秒に、どこの県からどこのプロバイダを経由して、どのページをどれだけ見たか、どこのサイトのリンクから来たのか、なんかを逆探知できる。これはもう行動の一部始終を監視されていると過言ではない。
佐賀県が不祥事を起こしたとき、「佐賀県」というキーワード含まれたネットのページを業者に委託してすべて収拾させていた、という話題は一時期有名になったが、そのとき2chのvip板でデフォルトの名無しに「佐賀県」というキーワードをいれて嫌がらせをした話はご存じだろうか(ちなみにこの板は当時で1日に30万件の書き込みがあった)。これはばかばかしいエピソードであるが、どこかのお役所が自分に対する言論を監視し、一般人がそれに難色を示したということを象徴したエピソードの一つであるという。
逆に、これは嬉しい話題なのかもしれないが、ネット上の自殺予告が見つかったときに、ISPが警察にという提案により、40人(一部報道では43人)の命が助かったという記事を最近見た。この記事は、ISPが休日には予告を見逃してしまうなどの問題を提起している一方で、ISPにより特定のワードに関する検閲と発言者の特定が比較的容易にできる事実を暗示している。

誰にも見られずにひっそりと過ごしたい人は、家の中に閉じこもって本でも読んでいるしかないようだ。


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2007年4月6日(金曜日)

ジャズを歌う。みんなと違うことを。

カテゴリー: - etupirka @ 19時18分50秒

記事を書こうとして何気なくRSSリーダをみたら、ものすごい記事が飛び込んできた。数々の辛辣なお言葉の中から、1つだけ引用させて頂く。

「昔はプロの作詞家がいて、短い歌の中に言いたいこと全部入れた詞を書いていた。今のJ-POPは、女の子が自分で詞を書いている。理由は印税が入って本人の収入になるから。詞の才能もないのに」

この言葉は凄い。「あるあるある」と思わず膝を叩いてしまい、叩きすぎて膝(正確には太ももだけど)が赤くなってしまったとしても、文句は言わないだろう。
まず凄いのは、発言者の経歴である。これが私のように単なるド素人の発言ならよくあるセリフだが、発言者の丸山さんはEPICソニー創業者でソニー・ミュージックエンタテインメントの元社長でもあるという。この発言は、言葉以上に、重い。

私はJPOPを聞かない人間だが、たまにテレビで紹介されてる歌を聴くと、どれも同じ人がつくり、同じ人が歌い、同じ人テレビを見ているのだなぁ。と結構本気で思う。歌詞の内容はどれも一辺倒だし、曲調も目立ったものはないだろう。JPOPの曲はノリが良いか、しっとりしている、そのどちらかに分類できる(そんなこと言ったら他の音楽も例外ではないかもしれないが)。

記事を読んでいた素直な感想だが、ちょっとぐらい曲を短くしたぐらいでは何も変わらない、ということ。丸山さんが新しく立ち上げた会社で配信している曲を1曲も聞いたことがないけれど、でも、それぐらい私のJPOPに対する期待は冷め切っている。

そもそも歌詞って何のためにあるのか、今の作詞者は考えたことがあるのだろうか。私が(30秒間の)研究によって編み出された結論は、「歌詞はメロディでは伝わらない部分を補うもの」ということ。音楽を聴いて、それが楽しい曲なのか、悲しい曲なのかわからない人はいない。短調と長調の区別がつかない人でも、曲の雰囲気の違いは判別できるだろう。そこで歌詞というのは、曲の雰囲気だけでは何を伝えたいのか詳しくはからないところを、釈然としないところを補うものである、ということ。

JPOP、と聞いて私が思い浮かべるのは、失恋の歌で「〜することです」というフレーズが何度か登場する曲。ドラマか映画の手段化に使われたらしいが、歌声と歌詞を聞いて「あぁ、それだからフラれたんだよ」と思ったことを口にしてしまい、それがきっかけで友人から嫌われてしまったエピソード。○○(友人の名前)、丸山さんの記事を読め。悔しかったら反論してみろ。やーいざまぁ。

記事中の表現で言えば「みんな同じことをやりたがる」世の中で、私がついやってしまう禁断の行為がある。それは曲を聞きながら歌ってしまうことなのだけど、これぐらいは誰でもやるかもしれない。でも私が歌うのはジャズで、しかも歌詞のある曲ではない。管楽器やリズム楽器のメロディを歌うのだ。

ジャズを聴いたことがある人でも、そうでない人でも、メロディを忠実に言葉に変えて歌うとどのような惨事になるか、想像はつくと思う。そう、まさにこれは惨事でしかない。よく使うのはサ行、タ行(濁音や半濁音が多い)やラ行で、音のピッチや早さ、音色に合わせて使いわける。当然ファルセットも使う。これを気づいたら公共交通機関の中でもやっているから、もう単なる不振人物でしかない。もちろん人の迷惑に奈良に亜ように超小声で、口に隅が動いてるかどうかというレベルだけど。

「みんな同じことをやりたが」っていようが、いまいが、こんなことをする人は珍しい部類に入るだろう。でも私が聞く音楽は、少なくともJPOPよりはおもしろいし、歌詞はないけれどJPOPより伝わるものは多い。曲は長いけど。

みんなと違うことを、売り物としてしたいのなら、音楽のジャンルの枠組みに囚われているようでは意味がないと思う。「みんなが同じことをしてるから自分だけは違うことをしたい」という集団が集まって、集団の中で同じ事をしだすようになる。今流行の曲をベースに違うことをしてみても、結局はそれだけの変化しか生まないのでは?


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