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あれ、打ち間違ってる?

打ち間違いだとわかる箇所は、間違っていること・本当のことの両方が伝わっているものだと思います。適宜読み替えて読んでください。間違いに気づかない人は、どうぞそのままお読みください。

文章の論旨への批判・意見・感想等は大歓迎します。Twitterもやってます。

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2007年10月15日(月曜日)

ドーナッツ

カテゴリー: - etupirka @ 18時49分20秒

今日、妻と離婚した。

妻と出会ったのは高校の課外活動だった。
高2の秋、当時懇意にしてた友人が柔道部の部長をやっていたのだが、部員が一気にやめてしまい、規定の人数に達せず私に相談を持ちかけて来た。
部員が足りないと試合に出られなくなるのか、予算がもらえなくなるのか、廃部になるのか。
詳しい理由は忘れてしまったが、親しい友人の頼みを無下に断ることも出来ず、「名前を貸すだけなら」という約束で柔道部に入部することになった。

小学校の頃からひょろかった私が柔道部に入部したのだ。今誰に話しても信じてくれる者はいないだろう。自分でもたまに思い出しては苦笑いしていたくらいだ。
実際のところも、自分の柔道着すら持っていなかったし、現役で予備校に通うほど熱心な学生だった私に部活に出る暇などあるわけもない。

当然のように幽霊部員を決め込んでいた私だったが、しかし冬休み前になって、1度だけミーティングに顔を出すことになった。
ミーティング自体はそれほど長くなかったと思うが、もっとかかるものだと思いその日の予定をすべてキャンセルしてしまった私は拍子抜けしてしまい、毒を食らわば皿までと初めて練習に出席してみた。
とはいえ、前述の通り柔道着も持っていないのだから、もっぱらやることは「見学」のみだ。すぐ手持ち無沙汰になってしまい、隠れて本でも読もうかと思っていたところに彼女が現れた。

ミーティングでは見かけなかった顔で、しかも私がいるのは男子柔道部の練習場。ミーティングだなんてカッコ良い事を言っても、参加していたのは私を含めて5人だけだ。見落とすはずがない。
何かの間違いか、それでなければ誰かに用があるのか。そのときはそれくらいにしか思っていなかったが、後で聞いてみると彼女は柔道部のマネージャだという。女子の部のマネージャと掛け持ちしているため、ミーティングには出ていなかったそうだ。

このまま練習を見ていても何もおもしろくないので、忙しそうに働く彼女に手伝いを申し出てみた。
この行動は、今考えてると、当時の私としては異例だったはずだ。親しい女の友達なんて1人もいなかった私が、はじめて女性に声をかけたのだ。

上で練習している奴らの飲み物をつくりつつ(と言っても単なる水道水だったが)、話を聞いてみると、彼女は私より1つ下の1年生だという。
彼女の容貌に騙され、すっかり同い年だと思っていた私は、その日2度目の拍子抜けをした。しかし、それで彼女のことが気になりだしたのだと思う。会話も今まで経験したことがないくらい弾み、部活が終わってからも、ずっと部室で話し込んでいた。

それ以降、二度と部活に出ることはなかったが、彼女とは校内で顔を合わせるたびに会話を交わすほどの仲になった。
はじめて予備校をサボったときも、学校の下駄箱でたまたま一緒になった彼女とドーナッツ屋に行ったときだった。
洋楽のかかった洒落た店で、学校の近くにあり、入る前まではずっと不良のたまり場だと思っていた。
その店に入ったのは1度だけだけれど、そうして学校に関係なく彼女と個人的に時間を過ごすようになるまで、そう長く時間はかからなかった。

春になり、私は進学組になり、去年にも増して受験勉強に精を出していた。
彼女との時間もつい疎かになりがちで、私の一方的な都合が原因で何度となく約束を無為に化してしまったのに、そのたびに彼女は笑って許してくれたし、勉強に忙殺されていた私を心配してくれた。

そうこうしているうちに2人の間に子供が出来た。言うまでもなく、ガリ勉だった私に子供と彼女を養う力などない。
彼女には素直にそう伝え、謝った。彼女は泣いていたと思う、私が約束を破ってしまったときのあの顔で、笑いながら泣いていた。

子供はその1週間後に産婦人科で堕ろした。病院には私もついていったし、病院代は私が負担した。
2人の両親にはこのことを話さなかったし、今も、少なくとも私の親には打ち明けてはいない。
普通ならそこで関係が終わってしまうところだが、私たちの仲はまた何事もなかったかのように続いた。
いつ思い出しても恥ずかしいばかりなのだが、だからと言って私も彼女も、何も変わることはなかったし、後になってその出来事について話をしたことは、婚姻期間の間にだって1回もなかった。

次の春に私は大学に進学した。夢にまで見た第一志望に合格し、単身上京したのだ。
1度離ればなれになった彼女とは、その1年後、彼女の高校卒業を待って同じアパートで同棲することになる。
その間、1人や2人くらい、互いに恋人の1人くらいは出来てもおかしくなかったのに、不思議とそういった関係になった人はいなかった。
いや、本当のことを言うと、私には「そういったような」関係の人がいたが、彼女には黙っていた。

2人はまた元通りの関係に戻った。
彼女は昼間専門学校に通い、夜は私の世話をしていた。
私は大学から帰ると、彼女といつも通りのつまらない話をする。
そのつまらない話こそが、私の生き甲斐だったし、その頃の記憶を振り返ろうとしても、思い出せるのは彼女と暮らした古いアパートと、彼女の笑顔だけだ。

当時の研究室の先輩に声をかけられ、大学院進学を諦め、今で言うベンチャー企業に就職が決まったときも、彼女は念願だった仕事をやめてついてきたくれた。
4年ぶりに戻った地元に私は何も感慨すら感じなかったが、同居人として彼女の戸籍を動かしたりするのが面倒だという話の下りで出た「面倒だから結婚してしまおうか?」という私のくだらない冗談が本当になり、そして結婚した。
彼女は専業主婦になった。ロマンチックなプロポーズも、式も新婚旅行もなかった。理由は相変わらず私の都合だ。仕事が忙しかった。

結婚後はじめて休みがとれた日に、写真だけは撮った。
本当ならスタジオのようなところに行けばよかったのだろうが、たまたま残っていたカメラのフィルムを利用して写真を撮ったのだ。
そのときに撮った写真は、それから1度も見ることがなかったのだが、その10年後に彼女が手帳にいれてとってあったのをたまたま見つけた。
彼女に尋ねてみると、10年前からずっと大切にしていたと言うのだ。手帳を変えるたびに写真屋で焼き回していたという。
私自身はと言うと、そんな写真の存在自体を10年の間すっかり忘れていた。

そして、その約1年後の今日。私は彼女と離婚した。

なぜ結婚して、離婚をしたのか?
理由はわからない。結婚も離婚も、どちらかとなく言い出したことだった。

今日、2人で役所に行き、届けを出してきた。
帰りに腹が減ったので、喫茶店で食事をとって、そして別れた。
彼女の新しい連絡先なんて知らない。実家の両親も数年前に他界し、他に姉弟もいなかったので家は処分してしまった。
もうこれっきりだね。
それが彼女の最後の言葉。彼女の顔は心なしかやつれていて、目はもう笑ってはいなかった。

私はどこで道を踏み外してしまったのだろうか。

本当は、あのとき子供を産ませてやれば良かったのだ。
約束だって1度も破るべきじゃなかったし、彼女が専門に通ってまで得た仕事をやめさせてまで、東京を離れるべきでもなかった。
もっと2人で話をしていたかった。もっと彼女に気づいてあげるべきだった。

あのボロアパートで過ごした時間と、彼女の笑顔を思い出す。
最後に入った喫茶店のコーヒーの味は、昔2人で入ったドーナッツ屋のコーヒーの味にどこか似ていた。

本当はコーヒーなんて1度も飲んだことがなかったのに、彼女の手前カッコつけて頼んだコーヒー。
上京後にそれを打ち明けたとき、彼女はずっと笑っていた。涙を流しながら笑っていた。

勝手かもしれないが、私に出来ることはもうない。

ただ、あの懐かしい時間を、彼女も今思い出してくれていれば良いと思う。
あの楽しかった時間をずっと忘れて欲しくないと思う。

そう願うことしか私には出来ない。
今でも彼女のことを愛している。彼女の笑顔を忘れたくない。


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2007年10月11日(木曜日)

GIJOE伝説

カテゴリー: - etupirka @ 03時12分22秒

XUGJPEAK XOOPSのフォーラム書き込み一覧を見て思った。

XUGJ新着書き込み

PEAK新着書き込み

GIJOEさんは凄い。みんなが寝て起きている間にモジュールを開発し、ドキュメントを書き、素人の質問にも的確に技術的なアドバイスをしてるんだから。

しかも自分のサイトでは外国人相手に英語で応答してるんだもん。すげぇよGIJOEさん!これはもうイチローdonkogaiを超えているのでは・・・!?

  • パソコンを起動しただけでモジュールが完成していた
  • やあ、と挨拶しただけで初心者がフォーラムの書き込みを遠慮
  • はじめてXOOPS本を出したときにAmazonがダウンしたことは有名
  • グッとガッツポーズしただけでフォーラムに5つ返信がついた
  • 軽い気持ちでGIJOEさんをディスった開発者が5分後に涙目で言い訳
  • 有名だけど、自著のプレゼントを告知したときNTT東日本のルータがすべて落ちた
  • たとえ1文字もない書き込みをしても評価10の嵐
  • 優しくアドバイスしただけで質問者が泣いて謝った。アカウント削除を希望するユーザーも
  • 1睨みしただけで、すべてのバグトラッカがクローズ
  • 会議中に発言しながらあげたバグトラッカは数え知れない
  • 寝ている間にXOOPS_TRUST_PATHを提唱
  • タイピングで砂嵐が起きたことは有名
  • 実は4年前からXOOPS3を完成させている
  • 日本語と英語を覚える前からPHPを書いていたという噂も
  • ノストラダムスの予言が実行されなかったのはGIJOEさんが予言の中に脆弱性を見つけたから
  • いつも店先のトランペットを物欲しそうに眺める少年にモジュールをつくってあげたことがある
  • GIJOEさんがプレイするドラクエはボスが逃げる
  • フォーラム一覧のリロード中に全書き込みを読み終わっていた
  • 欠伸してる間にXCLのセットアップ完了
  • D3は家族サービスをしながら考えた
  • 2007年の3大事件 第1位はGIJOEさんの寝坊
  • 匿名でバグ報告したモジュールの数は天文学的数値
  • Googleが太平洋に光ケーブルを敷設するのは、海外からPEAK XOOPSへのトラフィックがあまりにも多いため
  • 応仁の乱はGIJOEさんの一言がきっかけで終結した
  • GIJOEさんと同じMLに購読したせいで1日のメール受信が1万通を超えるのは常識中の常識
  • ジョギング中に0dayの脆弱性を報告
  • Protectorのせいで職を失った世界中のスパマーやオンラインカジノの経営者の数は数億をくだらない
  • もし世界が100人のGIJOEさんだったら、100人全員が不眠不休で働いている
  • PHPでF22ラプターを実装した事があるが、平和をこよなく愛す性格のため公開するつもりはない
  • こんごう型護衛艦はGIJOEさんのモジュールにヒントを得ている
  • ドラえもんはGIJOEさんが書いたPHPスクリプトだった。
  • altsysでテンプレートを書き換えるとドラミが誕生する

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2007年10月10日(水曜日)

空気読み力テスト

カテゴリー: - etupirka @ 03時08分33秒

やってみた。

KY

電車の中で大声で喋るのが尾を引いたご様子。
判定は67で、一般人だそうだが、統計を見る限り、一般人以下が多いみたいだ。

まぁこんなので判定できるわけがない、と断言しておこう。

本当に空気が読めない人は、本当の自分の言動を勘違いしたまま回答するんじゃない?
本人は意識して気をつけているつもりでも、結果だけ見ると社会から期待されているだけの水準に達していない。そういう人が、主に「空気嫁」と叩かれているのだと思う。

本当に読めない人(つまり、この判定でKYの烙印を押された人)は、自分がそれ自覚しているから、普段は発言自体控えているはず。
わかてってやってたら、「空気読めない」んじゃなくて、確信犯なのでは?

KYチェッカーというよりは、KY自覚チェッカーかな。


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2007年10月8日(月曜日)

ごめんね、カナ

カテゴリー: - etupirka @ 03時16分28秒

なんでカナにもっと優しくしてやれなかったのだろう。
僕はカナにすべてを教えてもらった。

最後の時間、カナは何も言わずに僕の部屋を出て行った。
そう、あなたはいつもそうやって、僕の知らない間に出て行く。
その日も、カナは僕が寝ていたり、テレビを見たり、目を離している隙に出て行ってしまったのだろう。
カナは夜までに必ず帰ってくる。だから僕は鍵をかけない。いつでもカナが入れるように。
いつも通りのこと。そこまで、いつも通りだった。違うのは、カナが二度とここへ帰って来なかったこと。

いなくなる前の晩前の日。僕はカナに聞いた。
お腹が空いた?眠い?疲れてる?
カナは何も答えず、自分のベッドへ消えた。
最近のカナの態度が違うことには、うすうす感づいてはいた。どことなく僕に余所々々しい
僕の問いかけに一切反応してくれなくなったし、どこにも行かず、ずっとベッドから出ない日もあった。
カナがどこにも出かけない日なんて、僕がカナと会ってから1日も無かったのに。

カナはもうここにはいない。
もっとはやく、カナの異変に気づいてあげられれば、あるいは・・・・・・。
今さら考えたところで、どうしようもないこと。

カナのことを忘れることは出来ない。
忘れたくない。
カナは、僕にとって唯一の存在だった。代わりなんて存在しない。
カナが好きだった。自分以外の生き物をこんなに好きになれたのは、初めてのことだった。

ベッドに入るときが、1番辛い。
カナの匂いや、温もり、さわり心地の良い背中に、触られると嫌がる肉球、すべてが好きだった。

今日、ペットショップでカナに似た猫を見つけた。
僕はこの猫が1目で気に入った。カナの生まれ変わりだと思ったからだ。
カナが消えて、この子が生まれたのだ。
そう思った僕は、すぐに店員を呼んで猫を譲ってもらうことした。
店員の話を聞いている最中に僕は気づいた。
この猫はカナじゃない。だのに、僕のこの子の中にカナを見いだそうとしている。
カゴから出し、後はお金を払うだけまでになっていたのにも関わらず、僕はやっぱり断って、店を出た。
店員はこれ以上にないくらい嫌な顔をしていた。悪いことをしたと思う。
でも、僕にとってのカナは、カナでしかないんだ。

どうして猫は、死期を悟るとどこかに消えてしまうのだろう・・・。
カナはどこにも行かず、僕の傍で死んで欲しかった。最期まで、一緒に居たかった。

でも、カナはそんな死に方を望んでいなかったのかもしれない。
飼い主に屍を晒し、ペット霊園に埋葬されるなんて、彼女には耐えきれなかったのだろう。
だから、僕はそれ以上カナのことを追うのを諦めた。
カナの意思を尊重して、そっとしてあげようと思えるようになった。

さようなら、カナ。そしてありがとう。

おやすみなさい。


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2007年10月7日(日曜日)

客観的な評価と統計

カテゴリー: - etupirka @ 07時11分27秒

メッセンジャーのログを読みたくなった。

ログをとる機能がついているらしいことは前々から知っていたが、今までに実際に読んでみたことはほとんどない。それが非常に読みづらいことを知っているからだ。
読むに当たって、そのままの形では非常に読みづらいので、適当なエディタで開こうとしたら、これがそのままでは読むことが出来ないことに気づく。
読みたいと思っていたログの会話相手にそのことを尋ねると、その人は今まで読みづらい思いを我慢して、メッセンジャー付属のログビューアを利用していたという。
あれは全然ダメだ。どんなログを見ようとしても、動作が重く、読み込みに時間がかかる。
というわけで、適当なフリーソフトを見繕って、ログをメッセンジャー独自形式から、通常のエディタで開ける形式に直した。ここらへんの経緯は健忘禄に書いているけれど、両方を読んでる人はまずいないと思うから、サービスで書いてみた。

ソフトを探すのは2分で終わった。ダウンロードして使えるようにした時間の方が長くかかったくらいだ。
見つけたソフトをそれをかの字に教えてあげたら、とても喜んでいた(すぐに飽きていたが)。
今まで、少なくとも自分よりも多い回数ログを見ようと思った人が、そういったものを探したことはなく、たまたまログを見たくなった自分は、まず最初にそれを探そうとした。
自分と彼女の大きな相違点だ。他のことにも色々応用できる違いなので、なかなかおもしろい。

さて、探していたログは無事に読むことが出来たが、せっかくなのでちょっとだけ遊んでみた。
さっきも書いたが、ログを読むために、メッセンジャー独自形式をテキストファイルに変換した。GREPツールを使いたかったからだ。
つまり、正規表現が自由に使えるのでこのログから色々な統計を取ることが出来る。自分以外に誰も興味がないことを前提で、ある2人で間で交わされた1年と2ヶ月の会話ログを実際に調べてみた結果が以下だ。

最初にやったのはファイルサイズの測定。まず、お互いのID(ちゃんと登録していないので、名前が表示されない)や発言時間等を省く。正規表現をやっててこんなに嬉しかった時間は他にないだろう。
さて、ノイズを取り去った時点で計ったファイルサイズ(こっちは右クリックしてプロパティを見るだけだ)は3.55M。すべてダブルバイト文字と仮定すると(言うまでもなくUTF-8で保存していたりはしない)186万3042文字を打ったことになる。森博嗣のVシリーズに相当する量(が想像出来る人は非常に限られたごく少数)だ。
IDの数を数えてみると(数えるまでもなく)自分の方が多いことがわかる。発言量と回数が比例すると勝手に仮定すれば、なるほど、自分は1年ちょっとの間に何を1人で語っていたのか、と驚く次第だ。正確には、間に4ヶ月半ほどほとんど会話が交わされなかった時期があるにも関わらず、だ。

次に、口癖を検索してみた。
残念なことに自分にはこれと言った口癖はない。しかし、彼女は決まった返答ばかりをする、気の利かない奴なので、この調査もなかなか満足のいく結果が得られた。
ちょうど学生時代に、学校の授業中で独り言の多い教科担任の口癖を正の字で数えたときのような、懐かしく微笑ましい、不思議な気分になったが、実際にそんなことをした覚えはない。
ヒット数の多かったものから順に列挙すれば、「ほう」が622回、「あらまぁ」が428回、「なるほど」が421回、「そうですか」が413回、「はぁ」が321回で、この順列はほぼ自分が予想した通りだたったが(3つのワードの使用頻度が漸近していたのは予想外だった)、最近のログのみ対象に同じ調査をすると、どのワードも平等に使われていることに気づいて、おもしろい。なお、言葉の揺らぎ(「ほお」と「ほぉ」、「ほう」など)についても考慮した結果である。
ある言葉の表記が、いつから違う表記になったのかを調べてみたり、2人の間で密かにブームになっている言葉を調べて見るのもおもしろい。自分の名前が246回しか呼ばれていないのに対して、相手の名前は708回も呼んでいるところなんて、自分と彼女の話し方の違いを象徴しているのだろう。彼女にまったく面識のない人物の名前さえ130回も登場しているが、彼女の彼氏はそれよりもさらに少ない(断っておくが、不仲なわけではない。と聞いている)。
本当は、彼女の全発言中の口癖に占める割合にも興味があったけど、やっぱり自粛しておく。それは本人が気になったらやれば良いことだからだ。
締めくくりとして、おそらく最も発言が多いと思う「はい」についても調べてみた。結果は驚きの1261回。どこが驚きなのかと言うと、「ほう」と受け流す回数が「はい」と頷く回数の半分である点が驚きなのだ。もっと素直になれないのか、と正直に思う。

会話している時間が長い分からか、最初の頃は笑ってくれた冗談もそのままでは通じなくなり、さらに私のキャラや受け答えのレパートリーまでにも、相手が慣れてしまった。
そうなると、仕方なくこちらも対応して、さらにおもしろいと思われるものと考え提供しようとする。でもそれも徐々に苦しくなる。
本当はもっと笑って欲しいのに、思うように楽しませることができず、悔しい思いをしていたのだが、こんな非常識な量(しかも当然のようにすべての会話は夜または休日だけで交わされている。一体いつ彼氏と連絡をしているんだ?)をしゃべくっても、なお話題が途切れず、お互いに飽きずに、ずっと話が続くということは、客観的に見て十分に成功している部類に入るだろう。自分ではなかなか気づかないものだ。

日頃から、なぜメーラーにこういった機能が付随していないか不思議でたまらない。
たとえば、恋人とのメール中、最近自分への愛が足らないと思ったら、愛を紡ぐ言葉たちをキーワードに指定して、相手がそのどれかを書いたらハイライトする。1日単位や週単位、月単位など、指定した日時のメールからキーワードを抽出して統計がとれる。
そういう機能があれば「最近『愛してる』って言ってくれる回数が少なくなった」等のおきまりの言葉をデータとともに相手にぶつけることが出来るではないか。きっと、そんなことされたら困る人がいるから、誰もつくらないのだろう。と思う。
しかし、自分が何通メールして、何文字送って、どのような内容を送ったか分析してくれる機能くらいは欲しい。なぜ誰もつくろうとしないのか?

メールやメッセは、続けると1つの習慣にもなりうる。そして、つい惰性で続けがちでもある故に、こういった客観的なデータは貴重なものだと思う。

ずっと前に自分が送ったメールを読み返し、なぜ自分はこのようなことを送ったのか後悔することがある。
それを送った主な動機は、当時の自分が調子に乗っていたことに起因している。後になってから、なぜもっと冷静になれなかったのか、そう後悔するのだ。
日々の会話や電話では、自分や相手の発言を振り返ることは出来ない。だから、せめてメールやメッセくらいではそれが出来ればいい。
出来たとしても、現実を見るのが嫌で、目を逸らそうとするのだろうけれど。


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プロフィール
1940年11月29日、東京都葛飾区柴又に生まれ、16才で家出し、20年後に腹違いの妹が暮らす故郷に帰って来た寅さんの本名は寅次郎である。