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あれ、打ち間違ってる?

2008年1月30日(水曜日)

@breezinessの「喪失未遂」

カテゴリー: - etupirka @ 02時31分46秒

これは#裏twitter@IRCNETのログです。本人の了承の元で公開しています。breezinessのこの発言をお読みになると経緯がわかって頂けると思います。


breezinessには中学3年のときから好きになった女の子がいたんだけど
breezinessはアホで人見知りだから、なかなか声をかけられなかった
その子とは高校で別れてそれから見ての通りの暗い青春をやってた

breezinessは演劇部の幽霊部員だったんだが、大会で補欠として参加したとき例の子にばったり再開した
その子もすぐbreezinessに気づいたみたいで、そのときはその子の方から話し掛けてくれた
これは本当に幸運としか言いようがない。向こうが話し掛けてくれなきゃ接点を持てなかったから
そのときは「全然変わらないね」「そっちもね」的なことを言って終わった
breeziness的には内心もっと話したいし連絡先だって聞きたかったけど、自分の会話能力じゃとても無理
でもbreezinessはまだその子に未練があることに気づいたって後で言ってた。

大会中、舞台裏でガムテ貼ってるときなんか何度もその子を見たけど、声をかける勇気も時間もなかった
大会が終わり打ち上げに行く途中も、breezinessはずっとその子のことしか考えていなかった
遠方だったから、当然大会は泊まり。その日は一泊して、最終日は街を観光して帰る予定だった
そこで、まさかとは思うけど、ばったり会っちゃったんだよね。その子に。
前日まで大道具やら何やらの準備に忙しかったから観光の予定なんて誰も考えてなかった
あらかた見終わって次なにするかー?って話をしてたとき、同じく観光してたあの子に会った
まぁ、ドラマだったらその子がそこで悪い奴に絡まれてて「おい、その子から手を離せ!」的な展開もあり得たけど
ホントにふつー。超ふつー。「こんなこともあるんだ」的な展開でお互い自然に口が動いて、気がついたらすっかりうち解け合ってた
気づいたら彼女の方のグループが誰も見つからなくて電話も繋がらない。そこでbreezinessが勇気を出した

「2人で抜けよっかー」

まぁ、奴のことなのでそんなスマートには言えなかったんだけどねww
何度もドモって「わけわからないよーw」とか言われつつ、まぁ、そこでbreezinessの初デートになった
実際、初デートでbreezinessはどこ行きゃいいかさっぱりわからなかったし、向こうがデートのつもりかどうかわからない
でも、お互いにそこがはじめて来る街だったのが幸いして、余計なこと悩まずに観光デートすることができたわけですよ
デートは大成功だった。失敗とか成功だとか途中で考えられないくらい満喫した

夕方になって今まで無視してた携帯の着信をみたら24件。
さすがにヤバいなぁーと思いつつチキン@breezinessは帰ろうって言いたかったけど、なかなか言えない
そうこうしてるうちに、マックの隣に眠そうにしてた彼女がbreezinessに寄りかかってきた
帰らなきゃいけなくてオドオドしてるbreezinessにとってそれはチャンスでも何でもなかった
そうは言ってもはじめての経験にドキドキしつつ、こんなこと二度はないかも、と思うとbreezinessとしては彼女を起こせなかったんだよね
結局、30分たって、1時間たって。もう外が真っ暗になろうとしてるところで彼女が起きた。

これも後で聞いたけど、彼女は最初は寝たふりでフザけてたつもりだったんだけど、時計気にしつつじっと黙ってるbreeziness見てたらいじらしくなってしまったらしい
そうしてるうちに本当に寝ちゃって、で起きたらとんでもない時間になってたという。
2人が乗るはずだった列車もバスもそれぞれとっくに出発してる時間。携帯のメールとか着歴とか恐くて見れないことになってる
行くところないねー。困ったねー。って話して、でもそこまで来るとお互い気分がハイになっちゃってどうでもよくなってきちゃったみたいでさぁ
そのまま何も言葉交わさずに店変えてご飯食べて、店に通報されるの覚悟で冒険でアルコールとか頼んでみたりで・・・

2人とも良い子ちゃんだから、遅くに店に行くのも、アルコールを頼むのも、ぜんぶはじめてだった
食事終わってからも彼女はなかなか席を立とうとしなかった。breezinessはちょっと酔ってたとは言っても、裏でどうなってるのか気が気でなかった
breezinessが家に帰ろう、と言おうとしたとき、彼女が言ったんだよね。今晩どうする?って

「どうする」って。breezinessは混乱した。そのときはまだ、どうなるかなんて考えていなかったから。
お金もないから自力で帰ることもできない。親や先生、同級生に連絡する気にもならない。
結局、2人でお金を出し合って泊まることにした。2人の所持金で泊まれるのはラブホだけ。

こっから先、breezinessは混乱と興奮と酔いで何も覚えてないらしい。あほめ!
彼女が泊まろうって言ったとき、性的な意味があったのは暗黙の了解だった
ホテルは彼女が選んだ。フロントで追い出されるの覚悟だったけど、そこは運良くお金いれて鍵だけ受け取る方式だったから
やったね!って2人で笑いながら、気がついたら手などつないでたという

ここでいいのかな?って部屋に入ってからはお互いに無言。想像していたよりエッチな雰囲気に圧倒されつつ、先に彼女が無言のままシャワーを浴びにいった
こんときbreezinessは1人になってやっと正気に戻り、不安になった。ゴムなんか持ってないよ(←部屋にあるよw)的なことも全然考えられないくらい
で、今まで彼女の目を気にして見てなかった携帯を開いたら、先生はもちろん親からまで着信がある
そのときも親から電話がかかってきた。それにbreezinessはでちゃった。

breezinessは心配しないで、明日帰るから、的なこと言おうとして電話とったんだけど、冷静に考えてそうなるわけがないw
結局、親からの質問攻めに合い、寝掘り歯堀り聞かれ、場所まで言ってしまった

彼女はそれを聞いてたんだよね。裸体にバスタオル1つだけ巻き付けた姿で、breezsinessが見たときにはもう泣いてた
breezinessの親が怒鳴って「すぐに向かいに行くからそのままいなさい!」ってところまで全部聞かれてた
こういうとき、男はなんて言えばいいだろ?「泣かないで」自分が原因なのに? 「ごめん」何を謝ってるの?
結局何も言えなくて、しばらくしてから、ドアを叩く音がした。

外にいたのは彼女側の先生だったらしい。
とりあえずbreezinessは「服着た方がいいよ」とだけ言って、彼女が持ち物全部もって奥までいったとき、ドアをあけた。

そっから先はまぁご想像通りの展開で。
あとからすぐbreezinessの先生も来て、2人とも別々に引き取られ、breezinessは先生が急遽とったホテルの部屋に一緒に泊まった
みんなはもう先に帰ってた。次の日、breezinessと先生は無言で学校に帰った
そっから先はぜんぶbreezinessの知らないうちに話がついたらしい。学校側には黙っているという約束のもと、演劇部には出入り禁止になった
仲良かったはずの部員も誰も口をきいてくれなくなった。特に女子はbreezinessを避けるようになった。演劇を侮辱したと思われたらしい

観光の最中、breezinessからもはぐれたら私困るよwっていう彼女が教えてくれた電話番号
もちろん登録してたけど、breezinessはそれにかけることもできなかった。今でも家に近くに住んでるとは思ったけど、1度も家に行けなかった
だからあの日、そしてあれから彼女がどうなったのか知らない
この話は高校の修学旅行でも話して、そのとき何気に彼女のことを聞き出したかったらしいけど、breezinessの話が下手すぎて誰も取り合ってくれなかった

「ずっと気になってたけど、チキンな俺には電話をかけることすらできなかった」

これからbreeziness、その彼女の実家に電話してみるって言うんだ。


ここから先のログをお持ちの方、いらっしゃいませんか?


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2008年1月28日(月曜日)

伝達する内容に合わせたコミュニケーション手段を用いる、という妄想からコミュニケーション能力というものを考える

カテゴリー: - etupirka @ 06時09分40秒

コミュニケーション手段なんて直接・間接のものを並べたらきりがないが、とりあえず文字・音楽・絵による余計なものを挟まない形での感情伝達について妄想したい。

相思相愛の2人がピアノを奏でつつ愛の歌を口ずさむ光景は大変微笑ましいものだ。
一方、2人が愛し合うさまを絵や漫画にして相方に送っている様はあまりピンと来ない。ピンと来ないものはグッと来ない。

誰かに悪意を示すとき「氏ねしねーばーかばーか」という歌をつくって演奏する様子などはあまり想像ができない。
むしろ大勢で囲んで口々にひどいことを言う、そいつが自殺するストーリーの小説・漫画を書くなどは、大変効果的に思える。罵詈雑言を習字にして所有物に貼ってやるのもよい。

忘れてはいけないが、たいしたこともない話をいちいち大げさな手段で伝達するともれなく鬱陶しいだろう。「ごはんできたよ」と言えばいいものを耳元で「ごはんできたよ ver.ロック」として熱唱されたら鬱陶しすぎて困る。
また、前述した内容に関わらず手端信号・モールス銀号・トーキングドラムなどを利用した伝達はあまり好まれない傾向にある。とくにモールス信号については小学校のとき悪口を言うのに使っていた経験があるから断言できる。

こうして見ると、ほとんどのコミュニケーションは、無意識下で手段が決定されているようだ。
多くの人の判断基準は「常識」という味気ないものによっているかもしれない。また、自分の能力による自然な択一も行われているはずだ。

実際のところ、人間はダビンチのような万能人じゃないので、文学・絵・音楽などのすべてをたしなみとして心得るのは不可能である。
1つ満足に出来ればそれだけで優秀。どれをやるにも完璧な自信がない人がほとんどだ(自分は完璧だ、という自信がある人ほど困ったさんなケースがほとんどだ)。

しかし、それでも自分の意思や考えは他人に伝わるものである。
どこまで伝わっているかは知らないが、ほとんどの場合、自分や他人が困らない程度に伝達できている。

伝達の時点で失敗しても、内容と前振りがパターン化されているため、受け取り手が経験則から判断している場合が多いと思われる。
発信する方も発信する方で、誰がどう受け取っても完璧な言葉や完璧な曲、完璧な絵などを描き相手に自分の思考のすべてを伝達しようなんて思ってはいない。自分の行為が妥当な線で解釈される、これくらいならあの人は意味がわかるかな、という線を狙い説明などしている。

ここから「コミュニケーション能力」というものがあるとしたら、どういうものになるか考えてみた。
よく使われる言葉なら「空気をよむ」ということか。私の言葉ではコミュニケーションは「タイミング」あるいは「自重」に換言出来るだろう。

ここから激しく持論になるが(今までもそうだったが)、1対1または少人数のコミュニケーションでは言うこと・やることは何も特別である必要はないのだ。特別な理由もいらない。あなたがどんな人かをうるさく自己表現する必要もない。普通のことを普通にできる。それが期待されているし、それって難しいと思う。ちょっとしたプレゼントなど買うより伝達のために忍耐と神経、時間が必要である。
whatやhowより、whenがだいじ。そしてwhoもだいじ。whyもだいじだけど、これは心に秘めるのが良いとされ、あまり他人にべらべら喋ってもよろしくない。

さて、ついったーで「コミュニケーション能力をあげるためにskypeで女の子に話し掛けまくろう!」と言ってた人をみてからここまで妄想してみた。
ぶっちゃけコミュニケーションが成功する優先順位は who >>>>>>> (越えられない壁) >>> when >>> how >> what >wakkanai くらい。どんな楽しい話が出来ても、まぁ、言ってる人が人なら相手にされなかったり、笑ってはもらえたり嫌ってもらえたりしても望でいるものの「伝達」まではいかない。絵文字やメール、口調など道具の使い方を極めても、受け取り手が受け取りやすくなることはあっても、本来相手に伝達したい「あなた」という人間そのものが変わるわけではない。

コミュニケーションの最中、受け取り手は相手をみている。相手の方角という意味もあるけど、相手がどんな人なのか、それを見ている。
人の印象は第一印象が8割以上を占める(引きずる)、という実験結果もあるくらいで、whenを見極めるために場数を踏む必要もないとは断言できないけど、誰かとコミュニケーションしたいなら、話術などを磨くより、自分がいつでも相手を受け入れる姿勢をつくる、常に相手に受け入れられやすい姿勢で居る方がよっぽど大切だし、そこがスタートラインで、スタートに立ててる時点で十分コミュニケーションがはじまってるんじゃないかな、とか訳の分からないことをと思う1月の朝なのです。ありがとう。

ところでこういう訳の分からないことを言う人は嫌われますよ。コミュニケーションそのものは自分をアピールする場じゃなから、でしょうか。


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2008年1月26日(土曜日)

ネットが新しいビジネス形態を生んだ、世界中のフリーランスに最高の仕事場がある

カテゴリー: - etupirka @ 03時31分44秒

私は大学3年で就活をはじめた。建築家になりたかった。建築事務所で働きたかった。しかし、職探しを進める中この数年で建築の仕事がIT革命により変化していることがわかった。

12-15年前に誕生したインターネットは新しい情報の使い方を提案し、職場はすでに場所を選ばなくなった。

そして新しいビジネス形態が生まれた。それは違う国・地域にある他の企業とネットを媒介して安全に迅速に大量の情報をやり取りして仕事が出来るものだ。低コスト化も実現する。

IT革命また仕事の分割を可能にする。仕事小さくして、地理的に離れた個人、たとえば、フリーランスのスペシャリストたちが特定の仕事を行えるようにした。
1つの半導体チップをつくるとき、カリフォルニアに住む1人が初期の仕事を行いサーバーにアップする、次に日本人がデザインを書き加え、イスラエルに住む1人がその仕事を受け取り自分の仕事を行う。最後にカリフォルニアのメンバーが仕事をチェックする。世界中のフリーランス・スペシャリストたちが1つの仕事を協力して出来るのだ。

これはコマーシャルアーティストの世界でも通用し、そして世界中で最もその分野の才能のある人間が自分の仕事を行えるということなのである。

私はIT革命により仕事の形態が変化していることを学んだ。建築には興味があるが、ここでは幅広い種類の需要がある。私は建築デザインそのものを学ぶより、建築家がデザインに必要とする資材のスペシャリスト、エキスパートになろうと思う。
このようなスペシャリストが必要とされる職場はあまりないのはわかっているが、私にはフリーランスで他の国に住んでいるかもしれないスペシャリストたちとコラボレーションして仕事ができる自信があるのだ。私はいまIT革命が生んだこの新たなチャンスに期待している。



以上、2008年センター試験外国語(英語)の問題より勝手に抜粋・訳しました。

英語の試験問題ってこういうおもしろいものが多いのですが、フリーランスなんて単語出てきても訳分からない人多いはず。理系の人が英語苦手だから(という定説があるから)、文系の人にハンデつけてるのかな・・・。

とにかく、試験のくせに生意気だ。


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2008年1月20日(日曜日)

@fabreezinessを作詞してみた

カテゴリー: - etupirka @ 21時44分28秒

今朝Twitter論などを見かけたが全然おもしろくなかったので、「こんなつまらなくてもいいのなら!」とTwitterネタで作詞してみた。タイトルは@fabreezines 曲はおわかりですね?

たとえば君がfavられて
晒されそうになったときは
必ず僕がそばにいて
赤くしてあげる 君の過去を

(*ここから)
この世のすべてをfavりたい
この地球は俺のfavで繋がっている

今めしってふろってfavを再開するとき
悲しみや 愛しさが
大勢のfavに隠れてしまうだろう

I’m fabreeziness. 親もfavったことないのに
(*ここまで)

たとえば僕がfavりすぎて
ふぁぼったーを汚しまくったときは
必ず誰かがグリモン書いて
スルーしてくれるよ 俺のfavを

favは衝動
1度押したfavは消せない

2ちゃんをfavりたくなった
俺がいないとfavが平和になる
ひろゆきははやく2ちゃんのレスをfavれるようにするべき

I’m #fabreeziness IRCもfavれない

(ここで*を合唱)

最後は飽きちゃってやっつけです。Twitterは外からああこう語るよりも実際にやるのが楽しいですね。


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2008年1月2日(水曜日)

下品な人がきらい

カテゴリー: - etupirka @ 00時48分26秒

元旦から格付けスペシャルを外し、「テレビは見ない」「音楽の話もしない」と宣言してしまったので、「下品な奴」の話をしましょう。

「下品」な奴が嫌いです。私が言う下品な奴とは、肛門期のガキのようなことを口走っている人間、という意味です。

世の中、人から嫌われる性癖というがいくつかありますが、他人の趣味について寛容な私たちも、性的な趣味についてはジェネラルなものしか認めようとしません。
たとえば「ホモ」「ゲイ」「レズ」「バイ」といった性嗜好の持ち主は「性的倒錯者」としてのレッテルを貼られます。「ロリコン」をはじめとするコンプレックスもそう。性的な分野では、人と違うことをしてると異常者と呼ばれます。

肛門期のガキは、肛門周辺のことをネタにし、何が楽しいのか1人で笑い声をあげ、大人を困らせます。
普通は徐々に年齢が過ぎればそういった話は人前でしなくなるものだと思いますが、一部のお馬鹿さんは、いい年こいてもそれをネタにし続けています。それがおもしろいと思っているからです。

同性愛が趣味だ、という人はいますが、下品が趣味だ、という人はいないでしょう。
私は前述した性的倒錯者の嗜好について個人的な感情を持っていません。純粋にそれ好きだからやっている人にそれに対して、何も口出しすることはない。しかし、後者は「おもしろがられるから」やっているのです。

もともとは1人で言って1人で笑っていただけのものですが、誰かに言ってもウケるとわかってから、肛門ネタは笑いの道具として使われます。
これは非常に不愉快なことです。体の生理現象や性そのものを「ネタ」に、おいしいところだけ得ようとするのは、不潔なこと。性的倒錯者も冗談を言いますが、彼らは「自分たちのこと」を話すだけ。下品な奴は、どうかしたら他人の肛門までネタにします。

肛門ネタを言うやつ、下品なことを言うやつは、その言論が下品なのではなく、存在が下品。これが結論です。
だから下品な奴は好きじゃない。

さて、お話はおしまいですが、倒錯者でもないのに倒錯者のことをネタにして笑いをとる人という人もいます。
これについて触れなかった理由は、そういうネタは、言ってい本人が、だんだんその世界の住人になってしまいがちだからです。

逆に言えば、自分が興味があるから、ネタにする。ネタにするほど興味が大きくなる。ついには同性に興味を持ってしまう。
実際に何も興味もなく性的嗜好をネタに笑いをとるやつは下品な奴と同じグループだと思いますが、まぁ、そういったポジションが許されるのもあと少しだな、と思うと、不愉快な気持ちも吹っ飛ぶものです。


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