ニュー速民は卑怯だ
あるITmediaの記事。
www.itmedia.co.jp/news/articles/0711/14/news075.html
ずらっと見慣れない言葉が並んでいる(ように私には見える)が、これらが「現代用語の基礎知識」という本に収録されるという。
「アサヒる」そして「アベする」が収録されるようだが、これは客観的に見て五十歩百歩の関係なのでは?
そもそも「アサヒる」騒動とは、アサヒの記事を書いた人間が、「アベする」という聞き慣れない言葉が、あたかも色々なところで使われているように記事に書いたことに端を発した騒動だ。ニュー速民らはこの朝日側の言動を皮肉り、ねつ造するという意味の「アサヒる」という造語を生み出した。
しかし、「アサヒる」という言葉も、外から見ればニュー速民らがねつ造した言葉として解釈が出来る。だって、それまではそんな言葉がなかったのだから。
今回収録される他の語には、「正直、唖然としました」というものがある。
「お前バカだろwww」を、オブラートに包んだ言い方。
ネット上の議論でよく使われる。
同義語に「正直、呆れました」がある。
さて、議論でよく使われるとのことだが、私はこんな言葉初めて聞いた。もしかして、ここはネットじゃないのか?
ネット上じゃなくて、2ch上(のどっかの板)と書かれていたら意味は通じる。どこの板か知らないが、そこだけがネット上だと思いこむのは勘違いも甚だしい。
私はこれを書いた書き手のあたかも「俺は世界の中心に生きてる」かのような振る舞いに、正直、唖然としている。
アサヒるの件についても、騒動の中、記事を書いた当人は「アベする」について、ねつ造ではないとブログ上で発表している。当人が感じて書いたことなのだから、誤解・勘違い等はあったとしても、それをいちいち取り上げて「ねつ造だ!」と揚げ足を取る行為こそ、ねつ造騒動のねつ造なのでは?
新聞社側はこれほどの重圧をかけられる一方、ニュー速民たちは思いつきと偏見から匿名で好きなこと言いたい放題。造語も作りたい放題だ。
こんな一方的な現状では、ニュー速民そしてネット全体の意見が、新聞やテレビなどでまともに取り上げられたり、その声が反映されることはないだろう。
ニュー速民、彼らのやり方は卑怯だ。
彼らの言動は、従来のメディアに取って代わり、新たな「偏見」をばらまく行為だ。
今、ネットの意見として紹介される意見のほとんどは、一部の人間が唱える行き過ぎ言動ばかりである。それらの意見は確かにネット上で発言されたかもしれないけれど、それがあたかもネットの総意だと解釈されると困る。「何を突拍子もなく」と言うかもしれないが、人間はたくさん人が主張する意見よりも、1つの目立った突飛な意見にだけ注目し、それが全体の意見だと勘違いしてしまいやすい生き物なのだ。ニュー速民たちのように飽きっぽく、そのくせにねちっこく恨みっぽい人種の意見は、必ずしも大勢の総意とは一致しない。。
これでは結局、昔と何も変わっていない。
メディアが大衆に意見を押しつけていた時代と、メディアの言動をすべて逆手に取ろうと色眼鏡で見る時代。これ、いったい何が違うの?
メディアという大きな権力に対して、ネットという大勢の目が保持する対抗勢力の価値は確かにある。またその担う役割はこれから徐々に拡大すると想像する。しかし、今はその力がうまい具合に働いているとは言えないだろう。
思ったことを意見するのが自由なのも、そういった行為がネット上で実現出来ることもよくわかった。
でも、私たちは意見を気分で吐き捨てては忘れるのではなく、その意見に対して発言者個人が責任を持つようにしなければならない。そういった転換点がそろそろ来ても良いのではないだろうか。
うまく行けば、私たちは今よりももっと大きな力を持てるようになるはずだ。その力は決して単なる自己満足に終わることはなく、外部から正当に評価される強大なものとなるだろう。逆に言えば、それが確立されるまで新聞とテレビは依然としてやりたい放題のままなのである。







