添削行為の傲慢さ 続き
小学生のときに卒業文集というものがあったと思う。唐突だが・・・。
各自が自分の将来の夢を語り、ありがたいかそうじゃないのかわらかない冊子になって卒業前に配布されるというものなのだが、私はこの取り組みの最初に行われたガイダンスへ事情によって出席しなかった。当時の担任様は新卒の先生だった(どうせ親のコネで就職したのだろう)が、センセはめんどくさがって私へガイダンスでした説明をせず、ただ一言「夢について書いてください」と言った。
周りのみなさまは「お花屋さんになりたい」とか「それがダメならケーキ屋さんになりたい」とか「最終的にはお嫁さんになりたい」とか小学生みたいなことを書いている(実際に小学生なのだが)。そこで私は反抗して、次のような文章を書いて持って行った。
「夢にはおおまかに2種類あると思います。1つは・・・・・・・・・」
「下書きの下書き」作業はガイダンスの日に行われていたため、私がその作業をパスできたのは幸運と言えよう。私が下書きを提出したのは下書き提出締め切り日だったため、担任は文句を言いつつ、しばらく一人で考えている様子だったが、彼の出した結論はもちろんOK。彼が私に敗北した瞬間だった。
私はその後も清書の原稿を締め切りから何日たっても提出しないという荒技をやり遂げたのだが、しかしこれには理由があったのだ。とここで説明しても当時の事情を知っている者は皆無だと思うので、やはりこれも閑話であったのだがお楽しみいただけたでしょうか。
閑話休題。そのときの添削内容は今でも許すことが出来ない。細かい内容をココに書いても仕方がないのだが(私自身はあまりにも腹が立ったため事の子細をまだ覚えているけど)、「この文集は一生残るものだから」「入試に影響するから」という不合理な理由で何カ所も私の文章が削られたのだ。どちらも私にとってはどうでもいい理由だと抗議したが、私の主張が通ることはついになかった。
これ以来、私は自分の書いた文章に赤を入れられると嫌な気持ちになる。まず何を訂正されたのか考える。そして学生の間は、文法ではなく内容を訂正された場合は論旨から書き直す、または提出しない、といった手段を執るようになったが、逆に「書き直しすればいいや」と思い適当に書いた文章がそのまま掲載されてしまいあわててしまったという出来事もあった。
添削は教師が生徒の能力をはかる行為ではなく、生徒からその適性を試される行為だ。
教育現場においてはこれは色々な言葉に置き換えても通用するのだろう。
たとえば授業の準備、授業内容、板書の文字、テストや演習の問題、生徒への注意の仕方から、授業での閑話、ジョーク、生活態度、服装のセンス、身だしなみ、靴などなど。
国語のお手本は1つも見せてくれなかった担任のセンセだが、今頃どうしてるだろうか。別にどうしていても良いんだけどね。







