嬉しかったこと
headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070917-00000002-gen-ent
blog.livedoor.jp/dqnplus/archives/1031930.html
「いい気味だ」と思いきや、この結果は至って普通のことだそうだ。
日刊ゲンダイの記事に書かれたコメントがまたすごい。
女性は倖田のセクシーな肉体美や、サバサバとした性格、上手なメーク術を支持しているのであって、彼女のルックスに憧れているわけではないのでしょう。
これってかなり残酷じゃないのか? 表面だけ読めば、男がお水の女に求められているものとまったく一緒じゃないか。
女性という生き物は、こういうところでその残酷さを露わにする。ある任意の人間を’その人’として見ずに、顔や性格や特技からはじめて、車の種類、年収、気前の良さ、割り勘ではなく奢ってくれる頻度、プレゼントの種類、貯金の額、両親の有無、さらには顔のパーツ(という言葉が信じられないが)にまで細分して見ている。
人間は顔のパーツ1つだけでは存在できない。すべてが一揃いあって1つの人間なのだ。そう諭したところで「自分はそれらの要素を総合して見ている」と、曲解されるのがオチだろう。それぞれのお気に入りの要素のバランスを見ることが他人を見るという意味ではないのだから。
スーパーで食料品を選ぶときのように人間を見るのは、やめた方が良いと思う。自分だけはそういう風に他人から見られていないとでも思っているのだろうか?







